岡山地方裁判所 昭和28年(行モ)3号 決定
申請人 田淵新治 外一三名
被申請人 岡山市長
一、主 文
申請人等の執行停止申請はいずれも之を却下する。
申請費用は申請人等の負担とする。
二、事 実
申請人等代理人は、被申請人が(一)申請人田淵新治に対し昭和二十八年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十四地所在木造セメントかわら葺二階建店舗兼住宅一棟(建坪十坪、二階七、二五坪)同二階建住宅一棟(建坪六坪、二階六坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(二)申請人長谷川彌吉に対し同年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十二地所在木造セメントかわら葺二階建店舗兼住宅一棟(建坪十四坪二階八坪)木造かわら葺平家建住宅一棟(建坪十坪)木造セメントかわら葺平家建住宅一棟(建坪六、五坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(三)申請人日下秀雄に対し同年八月十日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の九地所在木造セメントかわら葺平家建店舗兼住宅一棟(建坪一四、二五坪)及同納屋一棟(建坪三坪)を同年十一月九日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(四)申請人高橋善太郎に対し同年八月十日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十地所在木造セメントかわら葺平家建店舗兼住宅一棟(建坪一六、五坪)同物置一棟(建坪四坪)を同年十一月九日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(五)申請人植田トクに対し同年八月十日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十一番の十地所在木造セメントかわら葺平家建店舗一棟(建坪五、五坪)同木羽葺平家建住宅一棟(建坪一四、五坪)を同年十一月九日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(六)申請人高岡正成に対し同年八月十日なした同申請人所有の岡山市内山下八十六番の六地所在木造セメントかわら葺平家建工場一棟(建坪十二坪)同住宅一棟(建坪七坪)同トタン葺平家建住宅一棟(建坪四坪)を同年十一月九日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(七)申請人服部鼎に対し同年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十一番の九地所在木造セメントかわら葺平家建店舗一棟(建坪一三、五坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(八)申請人吉原章衛に対し、同年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十三地所在木造セメントかわら葺二階建店舗兼住宅一棟(建坪六、二五坪二階六、二五坪)同セメントかわら葺物置一棟(建坪三坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(九)申請人武田福太郎に対し同年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十一地所在木造かわら葺平家建住宅一棟(建坪五坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(一〇)申請人片山ツヤ子に対し同年八月十九日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十七地所在木造トタン葺平家建住宅一棟(建坪四坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(一一)申請人宗政広行に対し、同年八月十九日なした同申請人所有の岡山市内山下八十六番の十一地所在木造セメントかわら葺平家建店舗兼住宅一棟(建坪十四坪)を同年十一月十七日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(一二)申請人柏原鶴太郎に対し、昭和二十七年十月一日なした、同申請人所有の岡山市内山下八十八番の六地所在木造木羽葺平家建住宅一棟(建坪一七、八坪)を同年十二月三十日迄に他に移転すべき旨の移転命令の、(一三)申請人渡瀬茂に対し、昭和二十八年八月十九日なした、同申請人が長谷川彌吉から賃借しておる岡山市内山下八十六番の十二地所在木造セメントかわら葺平家建住宅一棟(建坪六、五坪)より同年十一月一七日迄に立退けとの立退命令の、(一四)申請人堀三郎に対し同年八月十九日なした、同申請人が宗政広行から賃借しておる岡山市内山下八十六番の十一地所在木造セメントかわら葺平家建店舗兼住宅一棟(建坪七坪)より同年十一月十七日迄に立退けとの立退命令の、各執行を岡山地方裁判所昭和二八年(行)第一七号行政処分無効確認請求事件の本案判決が確定するまで停止するとの決定を求め、其の申請の理由として、述べるところは、被申請人は申請人等に対し、夫々前記日時前記の如き行政処分をなしたが、右処分は左記理由によつて無効であるから、之が無効確認を求むべく、申請人等は被申請人を相手方として昭和二十八年十月九日、岡山地方裁判所に前記各命令の無効確認訴訟を提起し、該訴は昭和二八年(行)第一七号事件として同庁に繋属中である。即ち、(1)岡山県が本件係争地を適法に換地予定地として指定を受けるには、県所有の「従前の土地」が土地区画整理地区である第二工区(本件係争土地の在る工区)内に存在しなければならない、然るに同地区内には県有地として斯る土地はない、されば岡山県は本件係争地を換地予定地として指定を受け得ないものである。又岡山県知事は昭和二十七年十一月二十九日岡山県庁舎の位置を本件係争地を含む一帯たる岡山市内山下に決定した、然し右決定は条例に基かずしてなされたものであり、地方自治法第四条に違背する無効の行政行為である。されば本件係争地をば県庁舎敷地とすることを前提とする被申請人の申請人等に対する換地予定地指定処分ひいては本件各移転命令乃至は立退命令は無効である。(2)申請人等の近隣に居住し、申請人等と同一立場にある住民にして未だ換地予定地の指定されていない者も多数ある状況で申請人等に対してのみ本件処分をなしたのは公平を欠き右処分は無効である。(3)特別都市計画法は昭和二十一年九月十一日公布されたものであり而して同法の精神よりすれば都市計画を施行するには同法公布後速かになさるべきに拘らず被申請人は同法施行後七、八年を経過した現在に於て、右計画を施行せんとしている。而も昭和二十五年末頃には県庁舎敷地を岡山市南方に決定した事実もあるが、結局同二十七年十一月二十九日岡山県知事が県庁舎の位置を本件係争地上に決定し、その後一ケ年以上を経過して被申請人は本件移転命令、立退命令の一方的処分に出た。然し右の如き事情で被申請人の遅々として無定見な都市計画施行のため、日常生活に対処する申請人等の態度方針は絶えず動揺せしめられ、申請人等の日常生活は不安の極に追いやられて来たものである、されば右移転命令、立退命令は権限の濫用にして無効である。(4)申請人等が其の所有地や所有家屋から移転立退に当つて被申請人が家屋移転費として坪当平均三、四千円程度を以て決済せんとすることは憲法第二十九条第三項に反しているのみならずその移転先につき申請人等の意思を問うことなき一方的の処分就中従前の土地に比べより良い場所へ移転する者は受益者として受益金の出捐を義務付けられることは申請人等の忍ぶべからざる財産権の侵害である、されば本件処分は無効である。ところが被申請人は申請の趣旨掲記の期限が経過すれば直に申請人等に対する前示移転命令及び立退命令の執行に夫々着手する虞れが多分にあり、若し左様なことになれば申請人等はそれに因り償うことの出来ない心的物的の損害を蒙ることになる、而も右命令の期限は目睫の間に迫つており、償うことの出来ない損害を避けるため緊急の必要があるのでその執行停止を求めるため本申請に及んだというにある。
被申請人代理人は意見として次のように述べた。被申請人が申請人等に対し、その主張の日時に、その主張の如き移転命令、立退命令をなしたことは認める。而して被申請人は岡山特別都市計画事業、戦災復興土地区画整理について、特別都市計画法施行令第十一条に基き設計書及び施行規程を定めて知事の認可を得、施行規程については昭和二十二年一月二十日岡山市告示第八号をもつて、又設計書については同二十三年五月十二日岡山市告示第二十号をもつて、夫々告示した。右土地区画整理の整理施行地区は百八十九万八千八百五十三坪であるが整理施行の便宜上被申請人は之を八工区に分けた、然し之は整理施行地区を八地区に分けたものではないから換地予定地の指定をなすに当り右予定地が従前の土地と同一工区内に在ることは必要ではない。従つて岡山県が県有地であつた右関町所在の土地(第二工区外にある)に対する換地予定地として第二工区内に在る本件係争地を指定されても何等違法でなく、又仮りに岡山県に対する右換地予定地指定処分が違法であるとしても、之が為申請人等に対する換地予定地指定処分の違法を来すものでもない。次に地方自治法第四条によれば地方公共団体の事務所の位置を変更しようとするときは条例で之を定めなければならないと規定しているが、当該同一市町村の区域内に於けるその事務所の位置の変更は右第四条に謂う所の位置の変更に当らない。されば条例で定めないでした本件県庁舎の位置の変更決定は違法ではない、仮りに右変更決定が違法であるとしても直ちに被申請人が施行する土地区画整理による本件申請人等に対する換地予定地指定処分、ひいては本件移転命令、立退命令が無効となるいわれはない。又申請人等の近隣である新県庁舎敷地予定地内に居住し、申請人等と同一立場にある他の住民の居住地も亦、岡山県に対する換地予定地に決定せられており、右住民に対する換地予定地も指定されているが、右予定地上に未だ工作物がある等の事由により右換地予定地指定の通知をしていないものであり、指定通知の時に先後があるのみで申請人等を特に不公平に扱つたことはなく、従つて本件処分は無効ではない。県庁舎敷地が仮りに一時は岡山市南方に決定したような事実があつたとしても結局は本件係争地に決定したものであり而して右決定の経緯は本件土地区画整理による換地予定地指定処分の違法なりや否やに直接関係がない。以上の如く申請人等が本件処分を無効なりとする理由は凡て採るに足らぬものであるが、仮りに右申請人主張事実が本件処分の無効理由として採用に値するものとしても、行政事件訴訟特例法第十条第二項によれば処分の執行を停止するには、処分の執行により生ずべき償うことの出来ない損害を避けるため緊急の必要があると認められる場合でなければならない。然し乍ら本案訴訟に於て、本件移転命令、立退命令が万一無効なりとされることがあれば、換地予定地の再指定という方法もあり、又被申請人には金銭補償の能力も十分あり、本件処分の執行により生ずべき償う可からざる損害を避けるため緊急の必要があるとは謂えない。斯くて何れにしても申請人等の申請は理由なきものとして却下さるべきである。
三、理 由
行政事件訴訟特例法第十条第二項により行政処分の執行停止決定をなすには、同法第二条の訴(行政処分無効確認訴訟を含む)が提起され、而も右訴訟における主張(被保全請求権に関する主張)が法律上理由ありと見え、且つ事実上の点につき疎明があり実に処分の執行に因り生ずべき償うことの出来ない損害を避けるため緊急の必要があると認められる場合でなければならないと解するを相当とする。そこで先づ申請人等が原告として提起している本案訴訟たる岡山地方裁判所昭和二八年(行)第一七号行政処分無効確認請求事件訴訟に於て本件行政処分が無効であるとして述べる主張が法律上理由ありと見えるや事実上の点につき疎明ありやにつき考察する。(申請人等代理人は本案訴訟たる前記訴訟の請求の趣旨において本件移転命令及び立退命令の取消をも予備的に求めている。而して特別都市計画法に基く行政処分に対しては同法第二十六条により準用する都市計画法第二十五条で訴願が認められているのであるから行政事件訴訟特例法の施行されている現在に於ては特別都市計画法が同じく準用する都市計画法第二十六条の規定に拘らず訴願の裁決を経ないで本件行政処分(岡山市長のなした)の取消訴訟を提起することは許されないものと解するところ、右処分に対し訴願裁決を経ていないことは申請人等の自認する所であり、単に申請人等は訴願裁決を経ないことについて正当の事由ありと謂うも右につき具体的に主張する所は何等無く、従つて申請人等の本件執行停止申請の当否を判断するに当り、右本案訴訟における主張が行政処分の取消訴訟として法律上理由ありと見えるや、事実上の点につき疎明ありやについては考えない。)申請人等は、岡山県が本件係争地をば換地予定地として指定を受けることが出来ず、又本件係争地に県庁舎の位置を指定した決定も無効であるから被申請人の申請人等に対する換地予定地指定処分、従つて移転命令乃至は立退命令も無効であると主張するけれども右申請人等主張の事情は何等本件換地予定地指定処分の内容又は要素となつておらず、従つて仮りに右の如き事情が認められたとしても彼と此との間には直接関係は存しないのであるから以上は直ちに本件換地予定地指定処分の無効を来たすものとは謂えない。次に申請人等は申請人等の近隣に居住し、申請人等と同一立場に在る住民にして未だ換地予定地指定処分さえなされていない者もあるのに拘らず申請人等に対してのみ本件処分に及んだのは公平を欠き無効であると主張するけれども、特別都市計画による土地区画整理に当り右住民中には或は移転しないで済む者もあるやも知れず(家屋の建築せられている土地はそのままその者に割当てられることが最も望ましい)或は申請人等と同様移転しなければならない者もあるやも知れないけれども、本件土地区画整理の如き困難にして且つ大なる事業にあつて、その施行を歩を一にして一斎になすことを要求することは不能を強いるに近く、施行に当つて時の先後を生ずるは止むを得ない所であり、施行の時に先後の差があり偶然申請人等に対する処分が先になされたからと言つて直ちに公平を欠き本件換地予定地指定処分ひいては移転命令乃至は立退命令が無効であるとも謂えない。又申請人等は、岡山県庁舎敷地の決定につき種々の曲折を経て、特別都市計画法施行後七、八年を経た現在に至つて漸く被申請人が本件処分に出でたのは権限の濫用であり無効であると謂うが右事実よりして直ちに本件処分が権限の濫用であり無効であるとも謂えない。申請人は又本件移転立退に当つて補償金額が不当に低く憲法第二十九条第三項に違反し、且つ従前の土地より良い土地を換地として指定された者は受益者として受益金を負担せしめられることは申請人等に対する忍ぶべからざる財産権の侵害と謂うべく、従つて本件処分は無効であると謂うが、特別都市計画法第二十五条によれば損害補償金額の決定について不服のある者は裁判所に出訴することも出来るのであるから損害補償金の少額であることを以て直ちに換地予定地指定処分、ひいては移転命令、立退命令の無効原因となすことは出来ず、又耕地整理法第三十条特別都市計画法第二十八条、第二十条によれば従前の土地より上位の土地を換地として指定された者より清算金を徴収することも敢て違法とは謂えず之も亦右処分を無効とする理由とは考えられない。以上は本件において移転命令、立退命令が無効なりや否やに対する当裁判所の一応の見解である、されば前記の如く申請人等が既に当庁に提起している本訴は現在の程度の主張を以てしては本件移転命令、立退命令の無効確認訴訟として法律上理由あるものとも見えず、更に進んで執行停止の必要性その他について判断するまでもなく本件申請は失当として之を却下すべく申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用し主文のように決定する。
(裁判官 辻川利正 中原恒雄 裁判官三関幸太郎は出張につき署名押印ができない。裁判官 辻川利正)